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  本の感想文、手ぬぐい紹介にからめた雑談、猫話などを

「誰でもない人」---『エミリ・ディキンスン家のネズミ』  スパイアーズ著 

マサチューセッツ州アマストの、ディキンスン家の屋敷に引っ越してきた白ネズミのエマライン。しばしの住まいと定めたのは、一家の上の娘・エミリの部屋だった。
ある日、エミリの書いた詩を読んで心を動かされたエマラインは、自分の感情を紙に書きとめずにはいられなくなる。
---それから、隠棲の女詩人と白ネズミとの、ひそやかな交流がはじまった。


みすず書房の「詩人が贈る絵本」シリーズの一冊で、ちょっとまとまった時間があれば一気に読めちゃうくらいの長さの作品ですが、19世紀アメリカを代表する女流詩人であるエミリ・ディキンスンの伝記的事項と詩のエッセンスが、ギュッと詰まっています。
作者が、エミリのことを知り尽くしているんでしょうね〜。ネズミの目をとおしてエミリの暮らしぶりを観察させ、さらっとまとめています。

エミリが、詩の断片のような言葉を、大量の紙片に書きつづっていること。
いつも白いドレスを着ていること。
家政を仕切っている妹ラヴィニアと、たまに衝突すること。
編集者の「ヒギンスンさん」との会見が物別れに終わったこと。
近所の子供たちにジンジャーブレッドをふるまっていたこと。
---などなどが、12篇の詩をまじえながら語られます。
挿絵も可愛い!

私はエミリについて全く知らなかったのですが、もうちょっと知りたいな〜と思いました。
とくに、エミリはどうして、女学校卒業後、屋敷に閉じこもって人まじわりしないようになったのか。

狭いけれどかぎりなく深い、自分の人生の「境界線」のなかで生きることができる人(63p)


になったのかという点は、きわめて謎めいていますしね。



◎19世紀女流詩人つながり
*A.S.バイアット
『抱擁』 (>あらすじ、感想@倉庫

*マーガレット・フォースター
『侍女―エリザベス・B・ブラウニングに仕えた女性』 (>あらすじ、感想@倉庫

高尚なるトンデモ---『通訳』 ディエゴ・マラーニ著 

これは、取扱注意物件かも(笑)
平凡な中年男性の日常に、突如として非日常が忍び寄り、生活が崩壊する---という、お定まりといえばお定まりのストーリーなんですけれども。

ジュネーヴの国際機関で通訳サービスの責任者を務めるフェリックス・ベラミーは部下から報告を受けた。16カ国語を操るひとりの通訳が、同時通訳中に異常をきたすという。
問題の通訳は、「全生物が話す普遍言語を発見しかけているのだ」と主張するが解雇され、ベラミーに執拗につきまとったのち失踪を遂げた。
彼の狂気は伝染性のものだった。感染させられたベラミーは、奇怪な言語療法を受け、通訳が残した謎のリストを携え欧州中を放浪することに――
あらゆるものに隠れて鼓動する創造の恐るべき力。知的遊戯に満ちた、現代イタリア発幻視的物語。(東京創元社HPより)


この小難しげなあらすじを見て、高尚っぽい衒学的なマジックリアリズムかと思いきや、意外すぎる展開で、「えっ?おバカファンタジー・・・?」となり---、読み終えたあと、「なんだこりゃあ?」と脱力して乾いた笑いが…。

宇宙人が出てこなくてホッとする羽目になろうとは!

自身もEUの翻訳官であり、ヨーロッパ各国語を融合した「ユーロパント」なる言語を案出したという、言葉のプロフェッショナルである作者が、あの「真相」についてどの程度マジメに書いたのか判断しかねるところもあって、モヤモヤしますねー。

はじめは、真剣に読んでいました。
ベラミーによる、通訳を生業とするマルチリンガルな人々の病弊に対する観察には、(かなり戯画化されている部分はあると思いますが)なるほどなーと深く頷きました。
ベラミー夫妻に訪れた危機についても、アンティーク家具のエピソードなどは、切なくてしみじみしました。
ミュンヘンにある言語療法クリニックの入院患者たちの症状も、実際にありそうな感じ。バーヌンク博士による各種言語を用いたセラピーについても、実にまことしやかで、「これ、本当に効果あるかもしれないな〜」と真に受けかけたくらいです。

核心人物である病んだ「通訳」が、容貌が不確かなばかりか、個人名も与えられず、「通訳」「男」「彼」としか書かれないところとか、思わせぶりな感じでしたしねえ。

ですが、クリニックを抜けてからのベラミーの迷走ぶりにお口あんぐり。
その行動に、物語内においてどんな必要性があるのかと。
(ただ、ベラミーの行状を報じたルーマニアの新聞『ジョルナルル・ナティオナル』紙の記事(191p)は傑作!)
マグダ、クラウスの登場&退場も唐突。患者仲間のポペスク夫人や、オルテガを再登場させるのではだめだったのかなあ。
黒幕像もやっつけっぽかった…。

中盤以降も高尚なトーンを保ちつつ、あの「真相」にたどりついたなら、印象はずいぶん違ったでしょうね〜。
しかしまあ、作者がかのドタバタ劇をノリノリで書いたことは想像できるし、これでいいのか…。

そんなこんなで、巧い小説か?---と問われれば、否、かもしれない。
でも、おもしろい?と問われれば、ニヤニヤしながら、おもしろいよ!と答えるでしょうな〜。

女警官の過酷な生---『あなたに不利な証拠として』 L・L・ドラモンド著 

警官という職業に就いている女性の生き様を掘り下げた作品。

ルイジアナ州バトンルージュ署勤務の女性制服警官であるキャサリン、リズ、モナ、キャシー、サラの5人をかわるがわる主人公に据えた、連作短編の構成です。ある一編で主人公となった女性が、別の短編にサブキャラとして登場したりします。

日々、死や暴力に向き合うパトロール警官としての心得や使命感、人としての苦悩や葛藤が、ひとりひとりの日常や生いたちなどをまじえ、硬派なタッチで描かれていきます。

主人公たちを含む警察官のオン・オフの行動様式、言動がリアルで、ドキュメンタリー映像でも見ているかのよう。著者が元警官ということで、深く頷きました。やはり、「この人ならでは」の知識を持っている作家は強いですね。

これまで読んだ警察小説では、女性の制服警官というと、女性容疑者の付添いとか、通信係とかで、あまり重要な役割は与えられていなかった気がします。FBIの女性捜査官など、私服を着ているタイプが活躍する話はよくありますけれどね。
いくらか個性がある存在といえば、ディーヴァーの『ボーン・コレクター』のアメリアくらいしか思い出せない…(映画版のアンジーが印象的だったせいもあり)。でもこれ、通常任務じゃありませんものね。

彼女たちは、治安維持のプロとして男性警官と同等のシフトを組み、ときには単独で、どんな危険な場所にも踏み込みます。
銃社会のアメリカでは、事故や殺人や傷害の現場に急行するときは、常に死と隣り合わせ。
勤続10年で「長い」と感じられるくらい、殉職も珍しくないようす。
犯人を確認し、対峙し、制圧するまでの緊張と恐怖、凄惨な死体との頻繁な接触などによって、彼女たちの神経はひどくさいなまれ、生活も侵食されていきます。
いちど奉職したが最後、「警官」という人種に変貌してしまうような…。
一般市民としての感受性が奪われてしまうような…。
いつもギリギリな状態で、そこにはハードボイルド小説的かっこよさなんてないし、「女だから」「女だてらに」みたいな甘さもなく、「自分らしさ」とか「やりがい」とか、ぬるい能書きを垂れている余地もありません。

本当にタフで大変な仕事。
なのに、女たちはなぜ、警官になるんでしょう。なぜ警官でいつづけるんでしょう。
考えてしまいます。

「お話して、ジャネット」---『灯台守の話』 ジャネット・ウィンターソン著 

久々に聞いたジャネットの物語、『灯台守の話』は、まるで、話したいことがいっぱいありすぎて、言葉に詰まって喘いでいる小さな子供みたいな調子。
まあまあ、そんなに一気に話そうとしないで、落ち着いて、ゆっくりね---と諭したくなりましたが、過去作のレヴュー@倉庫を見返して、前からこうだったな〜、と思い出した次第。

あっちこっちに飛ぶ多方面の話。
ちょっと超自然的だったり、えげつなかったりする設定。
脈絡もなく挟まる中世的寓話。
熱く語られる同性愛エピ。
…それらが渾然一体となって響きあい、上昇気流の渦に巻き込むようにしてテンションを盛り上げ、一定のイメージを作り出していくんですよね。

一貫しているテーマは、「愛」の探求でしょうか。
断片が賑やかに並べてあって、一見、まとまりがないようなんですけれど、その実、きわめて直球。
大仰なほどきまじめに、「愛」を語る作家だと思います。


スコットランドの海岸の寒村ソルツ。
みなし児の少女シルバーは、盲目の灯台守・ピュー老人の弟子となり、代々の灯台守がたくわえてきた無数の物語をうけついだ。
その主なものは、土地にゆかりのある人々の逸話。
19世紀、灯台を建てる資金を出した豪商ジョサイア・ダーク。
ジョサイアの息子で、牧師のバベル・ダーク。
彼らの縁戚で、灯台を設計したスティーブンソン家の一員である、作家のロバート・ルイス。
そして、ソルツの地に化石調査に来たチャールズ・ダーウィン。
彼らの物語のなかに、シルバーは、じぶんの物語を付け加えていく…。


しょうじき、バベルの行いについては、理解も同情もしたくないです…。
しかしながら、愛ってものは、かくも理不尽で、人を欺瞞的にも残酷にもすること。舞い上げられたり、突き落とされたり、なすすべもなく翻弄される、人としてのどうしようもなさには共感します。
求めようが求めまいが抑制不能、ひとたび囚われたら逃げられないという愛の例、「トリスタンとイゾルデ」のくだりは、力強くてステキでした〜。

ラファエル前派が好んで描いた題材ですが、いちばん好きなのはこちら。
スコットランドの象徴主義の画家ジョン・ダンカン(John Mckirdy Duncan,1866-1945)によるもの。

ジョン・ダンカンのトリスタン&イゾルデ


…ま、トリスタンにだって妻(“白い手の”イゾルデ)がいたのだし、バベルの不倫には眉を顰めてトリスタンならOKってのは、ダブルスタンダードもいいところなんですけどねっ。



ところで、「灯台守の女」という設定に、記憶のどこかをツンツン刺激されていました。
A.マクラウドの「島」(『冬の犬』あらすじと感想@倉庫)所収)でした。
読み返しました。
こちらも、19世紀の帆船の時代に灯台が築かれてから、代々灯台守をしてきた家族の話でした。
そのマクフェドラン家は、

遠いスコットランドの北からやってきた祖先は、海にも、風やみぞれにも、ヨーロッパの端のむきだしの岩にも、何世代にもわたって慣れていた一族なのだから。(p194)


とあるように、いわば、カナダ移民の「ピュー」の物語。
そして、その最後のひとりとなった女性が、シルバーと同じように、政府により無人管理が決定した灯台から去ることになり、ラストでは、会いたかった人と邂逅します。

日記体のワナ---『半身』サラ・ウォーターズ著(再読) 

二度目(一度目のあらすじと感想@倉庫)なので、作者の仕掛けに気をつけながら読んでいきました。
いかにして騙されたのか---という突き放した見方をしますので、マーガレットに対して、かなりイジワル目線になっちゃいました。思いこみが激しくて、けっこう意固地な人ですよね。
構えて読まなければ、無意識の主人公補正で、彼女に共感もするし、言動も無批判に受け入れてしまうんですけど・・・。
思えばこれが、作者の思う壺なわけですね。

この作品は、マーガレットとシライナ、両者の日記で構成されています。
日記というものは、当然のことながら、筆者が書きたいことしか書かれません。毎日の出来事がありのままに記されているわけではないし、情報の恣意的な選択も、解釈もあり。
しかのみならず、筆者が睡眠薬の常用で認識力が曖昧だったり、意図的にごまかしたりしているんです。

読者が与えられる情報は、実はきわめて限定されたもの。
「いったい何が起きたのか」の全体像をおさらいするためには、欠落部分をさまざまに想像しなければならない。作者が口を噤んでいるために、その余地がたっぷりと残されている点が、読んだ後のモヤモヤ、イヤ〜な感じにつながっていますね。
マーガレットとヘレン、又、ブリンク夫人と母親の関係のこと、プライア氏の死の前後、シライナの霊能力の真偽、女中交代の裏事情など、明らかにはされないままの部分の多いこと。

もうマーガレットは、最初から嵌められてますよね。
シライナは、初対面の慰問者が来るたびに、わざと居丈高な、高圧的な態度を取ることで、テストしていたのでしょう。
シライナ達のもくろむような人間関係に乗ってこない人間であれば、怒って反発しそうなところを、マーガレットは、オドオドと下手に出てしまった。それで「いける」と見込まれてしまったのでしょう。



唐突ですが、福岡県で起きた連続殺人事件を思い出しました。平成10年以降、30代の女性看護師4人組が、保険金めあてに自分の夫らを殺していった事件。主犯格の吉田と、本作品の黒幕って、よく似たタイプじゃないでしょうか。

吉田は、(略)堤ら3人に対して女王と奴隷の関係を強要し吉田のことを、「吉田様」と呼ぶように強制していた。実生活では、吉田の世話はもとより、3人の娘達の面倒も3人に負わせていた。更に、吉田と堤は同性愛の関係だったという。堤に毎日のように関係を迫り、拒絶されると過去の男関係などをあげつらって激しく罵倒したという。 (福岡・看護師連続殺人事件(事件史探求)より引用)

こういう性格の女性がいたり、女どうしで支配・従属関係に陥るというのが、忌まわしくも信じがたい・・・。

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