『不思議なみずうみの島々』 上下(その2)
(その1より続く)
不思議なみずうみの島々〈上〉 / ウィリアム モリス
不思議なみずうみの島々〈下〉 / ウィリアム モリス
◆
バーダロンは、次第に黒の従者アーサーに心惹かれていき、アーサーもまた然り。しかしはっきりと言葉には出されぬまま、アーサーは他の二人とともに、三姉妹を救出するため〈無為豊穣の島〉へと向かう。
〈探求の城〉に残ったバーダロンは、心配を紛らわせるために郊外へ探検に出かけ、三騎士と敵対関係にある無頼者〈赤の騎士〉の手下である、〈黒の騎士〉トマスと出会う。トマスはバーダロンをさらい、主君の待つ〈赤の要塞〉へと連行する使命を帯びていたが、バーダロンに恋してしまったことから、主君を裏切り、バーダロンを〈探求の城〉へ無事に送り届けることを決意。しかし、追ってきた〈赤の騎士〉がトマスを殺害し、バーダロンを捕まえて連れ去ろうとする。
あわやというところへ、三姉妹を救出して帰還した三騎士たちが急襲。争いの末、〈赤の騎士〉は斃れるが、金の騎士ボードインも落命してしまう。
ボードインの死とオーリアの悲嘆、アーサーとアトラ、バーダロンの不穏な三角関係に、重苦しい雰囲気に包まれる〈探求の城〉。残った二人の騎士が〈赤の要塞〉掃討に出陣しているあいだ、バーダロンはアトラを思いやり、その恩に報いるために自ら身を引くことを決意し、城から出て行く。
そして、いつしか5年の月日が過ぎ…。
◆
グラ :バーダロンの参入によって、安定していた三組のグループ交際がガラガラと崩壊。しかも、ホラー映画の雑魚キャラ並みの軽挙妄動が原因で、死人まで出ちゃうという修羅場状態ですよ…。
ノラ :恋は理屈じゃないとはいえ、「皆さん、わたしのことを嫌わないで下さいね?わたしが美人で男性が夢中になっちゃうのは、わたしのせいじゃないし…」とばかりに無邪気なバーダロンには、喝ー!と叫びたくなった。
グラ :アトラがかわいそうで、読むのがつらくなったよ。バーダロンにいちばん情け深かったんだよねえ…。
ノラ :イタさを増幅しているのが、バーダロンにマジ惚れしちゃったのが、三組のうちで最も理知的で思慮深いアーサーだったことだね。黒の騎士トマス曰く、「むっつり屋アーサー」ってことだけど、マジメだからこそ、思いつめちゃうとコワイ、と。
グラ :トマスといえば、すごく血のかよったいいキャラだと思ったな。お行儀のいい〈探求の城〉がらみの男どもとは違って、危険な香を漂わせてて。忠義と恋の板ばさみになって、揺れ動いて、さんざん苦悩したすえに、あの最期は哀れだ…。
ノラ :バーダロンが城を出てからは、仲間の死や、心変わりで歪になってしまった皆の関係を、モリスがどう収めてくれるのかなー?という懸念を抱えながら読むことに。
グラ :ヒロインが幸せになることは予想されるんだけど、略奪女に、安易にハッピーになられちゃあ納得いかないもんね。
ノラ :どうなることかと思ったさ…。まあ、バーダロンとアーサー、離ればなれの冷却期間が5年あって、そのあいだ苦痛にさいなまれて過ごすので、まあ許せる範囲かと。アーサーなんて、心痛のあまり、なかば気が触れた野人みたいになり果てちゃうんだからねえ。
グラ :様式美なんだけど、「禊」があるのとないのとでは、印象が違うよね。バーダロンに対するむかつき度も、随分と下がったし。
ノラ :それでも、アトラの始末は、最後の最後まで気にかかった。作者的に、ほんとに悩ましかっただろうと想像するよ。アッサリとアーサーを諦めて他の男とくっついちゃうようじゃ共感できないし、かといって、ウジウジ暗い顔されたまま終わってもツライ。
グラ :そうそうそう。アトラに救いがあってよかったよね〜。モリスさん、ありがとう(涙)。あのフォローがなかったら、とてもとても傑作とは思えなかったよ。
ノラ :恋人同士の感動の再会場面もシッカリ描きこんであったし、回想の処理も要領よし。この作品よりあとに書かれた『サンダリング・フラッド』を読んだとき、この2点が弱いなと思っていたのだけれど、推敲不足という理由だけではなくて、あえて別の趣向にしたのかな。まかり間違うと、二番煎じになったかもしれない。
グラ :この作品は、ケルムスコット・プレスから、モリス死後の1897年に出版された。モリスは校正刷りの途中までしか見られなかったそう。でも、かなり完成度は高いよね。
ノラ :巷間評価が高いのは、『世界のはての泉』なんだよね。いま、モリス作品コンプしてみて言えるのは、『泉』はやっぱり、旅と戦闘描写、恋愛話のバランスが取れていて構成がいいし、主人公のラルフ&ヒロインのアーシュラは、非常に好感を寄せやすい人柄だったな〜と。
グラ :ただ、冒険の結果、彼らは非人間的な崇高さを発揮しはじめてしまうんだよね。作品としての格調高さを評価できる一方で、哲学・思想臭が気になるむきもあろうかと。
ノラ :その点、この『島々』は、暗喩的なものは随所にみられるけれど、エンタメ的な彩りのほうが豊かだからね。ヒロインにはイライラさせられるところもあったけど、面白かった!
- [2006/08/15]
- 本|ウィリアム・モリス |
- トラックバック(0) |
- この記事のURL |
- TOP ▲
『不思議なみずうみの島々』 上下(その1)
| 不思議なみずうみの島々〈上〉 ウィリアム モリス (2002/02) 晶文社 この商品の詳細を見る |
| 不思議なみずうみの島々〈下〉 ウィリアム モリス (2002/02) 晶文社 この商品の詳細を見る |
ついに、モリスの散文ロマンスをコンプリート。
思いがけず、はまってしまいました。
(晶文社コレクション、まだ未読タイトルがありますが、ファンタジーではないのでパスさせてもらいます)
久しぶりに、本館ではおなじみだったグラさん&ノラさんのお喋り形式で感想いきます。
◆
グラ :ねらっていたわけじゃないけど、最高傑作が最後に来たかな。
ノラ: 見事なまでにおさまりのよいUターン構成。華やかでシンボリックな事象の数々、さいごまで油断できない筋書き---等々、注目点が多かったね。
グラ: よくもわるくも、心揺さぶられる主人公だったしね(笑)
ノラ: モリス・ファンタジー唯一の女性主人公作品だったね。他作品の主人公は、毒にも薬にもならない「いいひと」ばかりで、どんな行動をとってもフーンという感じで、特に感興をもよおさない場合がほとんどなのに、この作品のヒロイン、バーダロン(独り、という意味だってね)ときたら…。
グラ: まあ、「いいひと」なんだけど、こっちの神経を逆なでし、時には嫌悪感すら抱かせてくれるという稀有な存在だったわ、うん。
ノラ: 女の敵は女、ってことなのかな…?(苦笑)
グラ: 男性作者の理想像的な女キャラってこともあるし、どうしても、厳しい目で見ちゃうわけよ。
ノラ: 完全無欠のモテキャラだもんねえ。絶世の美女にして、性格も非の打ち所なし。家事全般も器用にこなす。女でも好意を持たずにいられないし、男だったら、老いも若きも子供でも、一目みただけで、すっかり心を奪われてしまうという。
グラ: まあ、男たちの感情は、宮廷風恋愛(フィナモール、fin'amor)に属するようなもので、儀礼的な意味合いが強く、肉欲まじりの生々しい情念ばかりではない!と思えばいいのかな。
ノラ: たえず異性から性的関心をもってみられるのって拷問に等しいだろうから、そうあってほしいような気がするね。でも、バーダロンは慣れっこというか、あきらめの境地なんだよなあ。一線を踏み越えてこない限りはとくに拒絶するでもなく、男たちの称賛や求愛を寛容に受けいれちゃって、望まれるがまま、キスさせたり手を握らせたり、ガードの低いこと。
グラ: “天然魔性の女”なのね。
ノラ: うーん、“天然”なのかねえ…。バーダロンは、自分の美貌についても、それが男たち全般に及ぼす影響力についてもじゅうぶんに自覚的だし、必要とあらば、男の好意を利用して、思いどおりに動かすこともためらわないじゃない。
ノラ: では、計算も入っていると…。
グラ: もちろん、人助けとか、素直でまっすぐな人柄のためであって、悪意はないんだけどね。ある意味、ユルユルな娘っ子が、いかに思慮深いオトナの女に成長するか、っていうのが、この作品のテーマのひとつかもね。
ノラ: じゃあ、そろそろヒロイン評はひと段落させて、あらすじに行きましょうか。
◆
2歳ばかりのとき、魔女に誘拐されたバーダロン。〈魔の森〉の奥の、広大な湖のほとりの家で、威圧的な魔女からひどく脅され、農耕や狩猟をやらされながら、美しく豊かな自然に囲まれ、のびのびと育った。
17歳になるころ、バーダロンは、森できれいな乙女に出会う。乙女は、慈悲深い森の聖女・ハバンディアの仮の姿。聖女に知恵と勇気を授けられたバーダロンは、魔女の家からの脱出を決意。魔女が使役している、呪文で動く〈送り船〉の秘密をつきとめる。
船で湖にのりだしたバーダロンが行き着いたのは、〈無為豊穣の島〉。その島では、魔女の姉が、囚われの美人三姉妹を酷使しながら暮らしていた。バーダロンは牢につながれるが、三姉妹の助力を得て脱出。三姉妹の居場所を伝え、助けに来てほしい旨を伝えるために、彼女らの恋人たちが住む〈探求の城〉へと向かう
〈探求の城〉の三騎士は、失踪した恋人の消息を知って喜ぶ。そしてバーダロンの美しさに魅了され、丁重にもてなした。バーダロンも、それぞれタイプの違う美男子である三騎士に好意を抱く。
◆
グラ :ハバンディアは、バーダロンそっくりの姿であらわれて、自分の容貌がどう見えるか、バーダロンに言わせるんだよね。
ノラ :で、「あなたそっくりに化けた」と告げる。そのため、それまで鏡を見たことがなかったバーダロンは自らの美しさを発見し、同時に、それを表現する言葉も獲得することに。
グラ :そのエピソードもだけど、バーダロンが、全裸で魔女のもとから逃げるはめになるのも意味深な感じだ。いざ脱出という直前、湖で泳いでいたときに魔女に見つかり、急いで出発せざるをえなかったからなんだけど。
ノラ :後々、ここに戻ってくる時も、全裸で帰還することになるからね。
グラ :〈無為豊穣の島〉だけど、『輝く平原の物語』の〈不死の国〉同様、ネガティブなイメージだね。魔力によって怠惰な安逸がもたらされているという。
ノラ :ここの捕囚である三姉妹は、それぞれ故郷の恋人と引き離されているんだよね。すなわち、
金の貴婦人オーリア…金の騎士ボードイン
緑の貴婦人ヴィリディス…緑の騎士ヒュー
黒の貴婦人アトラ…黒の従者アーサー
という組み合わせ。色は、服装に由来するもの。
グラ :三姉妹は、恋人への伝言を託して裸のバーダロンを逃がすにあたり、身に着けている、恋人から贈られた思い出の衣裳を少しずつ分けて、きれいに装わせる。
ノラ :旅に出るまで、育ての親の魔女とハバンディア以外の他人を見たこともなく、ましてや若い男性とは無縁だった無垢なる乙女、裸で象徴されるようなピュアなバーダロンが、恋人に焦がれる貴婦人たちの物語を聞き、その衣裳を身にまとうことで、ちょっと変貌するような。
グラ :装う、ということが、虚栄心とか世間知の芽生えを示しているのかな〜。色気づいてしまう、と表現すると下世話すぎなんだけどね…。耳年増になって、恋に恋するようになるというか。
ノラ :城の三騎士が確かに恩人の三姉妹の恋人であるか否かを確かめるため、バーダロンが、借りた衣裳にまつわる思い出をそれぞれサシで告白させるってくだり、えらくエロチックだったね。
グラ :あのとき恋人に触れたとか、脱がせたとかね。
ノラ :もうハラハラですよー。決まったな恋人がありながら、三騎士は揃ってバーダロンにひとめ惚れでしょ。恋人同士しか知りえなかった秘め事が共有されたことで、バーダロンが、彼らの恋の相手になったかのごとき錯覚が起きたというか、ありがちな、「恋の相談にのっているうちに親密度があがる」「不在の恋人より、眼前の美人」現象というかで、三姉妹をさしおいた濃密な関係が、4人のあいだに醸成されていっちゃってさあ…。
グラ :中年の城代さんやマジメな司祭さんコミで、よりどりみどりの逆ハーレムですか。おいおい、おめでてーな!って(笑)。でも、男性作家で逆ハーレムって珍しいよね?
ノラ :乙女ドリームでもあるまいしねえ。まあ、モリスと奥方のジェイン、友人のロセッティとの三角関係のいきさつなんかを見ると、崇拝する美女に振り回されるのを喜ぶマゾっ気素質はうかがえるんじゃない?
グラ :しかしまあ、だんだんとキッツい展開になっていくのよね…。
(その2につづく)
- [2006/08/15]
- 本|ウィリアム・モリス |
- トラックバック(0) |
- この記事のURL |
- TOP ▲
『サンダリング・フラッド』
| サンダリング・フラッド―若き戦士のロマンス ウィリアム モリス (1995/02) 平凡社 この商品の詳細を見る |
むかし、サンダリング・フラッド(引き裂く川)という大河があり、大地を東西に分断していた。下流でこそ渡し舟が往来していたが、上流では、険しく切りたった断崖を穿つ、なんびとも渡ることのできない激流だった。
山深い峡谷の東岸にある農場の息子オズバーンは、幼いころから戦士・詩人、指導者としてのすぐれた天稟を示し、謎多き男スティールヘッドの導きを受けて育った。
13歳のとき、近辺で唯一、対岸と声をかわせる地点であるフラッドの屈折部で、西岸に住む同い年の少女エルフヒルドと出会い、川越しに話をするようになる。それから、5年にわたって交際が続いた。
あるとき、西岸が野盗の襲撃を受け、エルフヒルドの姿がみえなくなる。悲嘆にくれたオズバーンは、彼女を見つけ出すために故郷を離れることを決意。高潔な騎士ゴッドリック卿の部下となって森の山賊を追討したり、河口の大港湾都市サンダリング・フラッドの自治防衛戦で活躍したりと、通称「赤童子(レッド・ラッド)」として勇名を馳せる。
その間も、エルフヒルドの消息を求めてやまなかったオズバーンだったが、5年が過ぎても、なんの手がかりも得られない。思い余ったオズバーンは、ゴッドリック卿に暇を告げ、最後の恋人探しに出発するのだった。
1898年、モリスの死後に刊行された作品です。
オズバーン&エルフヒルドが13歳から18歳までの物語が、すごくいいです。思春期まっただなかのふたりのそれぞれの悩みや、心身の成長がリアルに、ういういしく描かれていて。
野盗にエルフヒルドが攫われ、オズバーンがゴッドリック卿の部下になるあたりまでも、まだいい。
でも、王侯貴族の専制統治を受けない、商人・職人ギルドの自治都市サンダリング・フラッドで起きた闘争の描写は、残念ながら冗長に感じて、ついつい斜め読みで済ましてしまいました。
モリスが、理想の町の苦難の克服を描くことに熱意を注いだであろうことは理解できますが---この過程は、オズバーンの成長記録でもあるのですが---、引き裂かれた恋人たちの運命を追いたい者としては、退屈な脱線に思えてしまうんですよね。
せっかく、峡谷に隔てられて、手も触れあえぬまま生き別れになったという、極上の設定があるのですし、オズバーンには、「君の名は」(古…)式に、惜しいタイミングのすれ違いがあったり、人違いだったりなどのエピソード満載で、もっとエルフヒルドの捜索に右往左往して欲しかったです。
しかも、ついについに恋人どうしが再会!という、ファンファーレが高らかに響くような、最高に盛り上がる場面が、ごくごくアッサリ済まされてしまっているのです。カタルシスが味わえなくて不満が残ってしまいました。
もっとも、本作品は、モリスが死の床で口述筆記してもらいながら何とか仕上げたという物語なので(作中のあるべき挿入詩も丸々ひとつ抜けているくらい)、涙だの抱擁だの睦言だの---っていう、恋人たちの激情を描きあげるだけの体力がなかったのかも知れません。
構成の練り上げ不足を感じるのは、エルフヒルドが、誘拐されてから5年間、どういう経験をしていたかということを、養い親である老婆がささっとひとり語りするだけというところにも感じられます。
青騎士マーク卿(エルフヒルドを保護し、かなり惚れていながら、彼女の気持ちを尊重して身を引く気の毒な好男子)がらみのエピソードは、もっと膨らませて欲しかったところ。彼の城での、気難しい母親やハンサムな部下たちとのいざこざだとか。
マーク卿は、サンダリング・フラッドを攻める貴族同盟軍に与しますから、戦場でオズバーンとたまたま出会って、恋の鞘当てになったり…なんてのがあっても良かったと思いますし。
スティールヘッドにも、最後に華々しく正体を明かして欲しかった。
モリスに、もっとじゅうぶんな時間があれば〜と、慨嘆してやまず。
- [2006/08/09]
- 本|ウィリアム・モリス |
- トラックバック(0) |
- この記事のURL |
- TOP ▲
『世界のかなたの森』
| 世界のかなたの森 ウィリアム・モリス (2003/07/11) 晶文社 この商品の詳細を見る |
異世界に迷い込んだ男が、人外の美女とひとときを過ごすという、「遊仙窟」とか「浦島太郎」系のお話。
手に汗にぎる四角関係ラブロマンスです。
主要登場人物は、主人公のウォルター。
世界のかなたの森に住む美貌の女王(レイディ)と、その侍女(メイド)。
女王の愛人である王の子(キングズ・サン)。
女王のスパイである黄色い小人。
女王と王の子が倦怠期に突入したため、女王は新たな愛人としてウォルターを誘い込もうとし、王の子は侍女に関係を迫っています。初対面で相思相愛になってしまったウォルターと侍女は、彼らの罠を逃れながら、駆け落ちの機会をうかがいます。

1894年刊行。口絵はバーン‐ジョーンズ。花々で女神のように装う侍女(メイド)。
ウォルターは大商人の子で25歳。とある美人と恋愛結婚したものの、妻の浮気性のために冷え切った仲となっています。
そして、事態打開のためか、はたまた逃げの一手か、父親所有の商船の一員となって船出します。
こういう所帯臭さって、ファンタジーの主人公としては珍しいような。
しかも、父親は息子の留守中に嫁を実家に送り返し、相手方と慰謝料の話し合いに臨んだところで闘争となり、嫁の親族に殺害されてしまいますし(深刻すぎ…)。
訃報を受けたウォルターの船が、故郷へ向かう途中に嵐にあい、未知の土地に流されたことが、女王の森に迷い込むきっかけとなるわけです。
一方、ウォルターは、女王と侍女、小人の三人組の幻影をしばしば目撃していて、正体を突き止めようと決意してもいました。
この三人組のモチーフって、どこかで見たような気がするのですが。
「マビノギオン」の「エルビンの息子ゲライントの物語」で出てくるのは、貴婦人・騎士・小人の三人組ですな。
むしろ、太夫・かむろ・若い衆という花魁道中のイメージ…?
この作品は、伏線を回収していくUターン構成ではなく、旅先に行きっぱなしで終わります。そのため、もやもやが多少残ります。
森に入る前に出会った老人は何だったの?(女王のひとりめの愛人なのか…?)
奥さんとのことはどうなるの?
家の商売はどうなるの?などなど。
特にひっかかるのは、奥さんのことですかね。こちらの見方としては、ウォルターはいまだに妻帯者なんですが、家を出た時点で、もうフリーってことなのでしょうか。侍女と恋に落ち、結ばれるにあたり、彼は故郷の妻のことをまったく考慮していないところからして…。
さてさて、この本を読んで、ジョン・キーツの詩「La Belle Dame Sans Merci(つれなき乙女or非情な女)」(1884)が思い出されました。騎士が野原で美しい乙女と出会い、親密になる。その夜の騎士の夢に大勢の王や騎士の亡霊が現れて、虜になってはいけない!と、警告するという内容。
ラファエル前派の画家たちのイマジネーションをいたく刺激して、たくさんの絵が描かれました(こちらで訳と、代表的な絵の数々をどうぞ)。
ここでは、『輝く平原の物語』の挿絵を描いたクレインの絵を載せておきますね。

騎士の衣裳がカラフルでおしゃれなところが好きです。可愛い〜、美人〜、と思えるウォーターハウスらの乙女と違って、この乙女は能面のような不気味な顔ですし、薄暗くて寂しい森で、いかにも、これから異界に連れて行かれそうな感じ。三日月も効いています。
ええと、本当は誰が真の「つれなき乙女」=ファム・ファタルなのかな〜と思わされまして。
うーん、深読みすべきところではないんでしょうが。
たとえ、彼女が余りにも落ち着きはらい、男あしらいが異様に巧みで、策略に長けすぎでは?と感じたとしても。
女王が残忍で冷酷な性格だということは、彼女がそう申し立てているだけで、女王との力関係がときに逆転しているように見えるとしても。
自分に惚れているウォルターに先入観を与え、女王の言動に偏見を持たせるのは簡単だよなー、と疑わしく思われたとしても。
侍女は、見た目どおりの、(人外ではあろうけれど)純真でけなげな乙女なんでしょうね。
邪気のある読者ですみません、ハイ。
- [2006/08/02]
- 本|ウィリアム・モリス |
- トラックバック(0) |
- この記事のURL |
- TOP ▲
『輝く平原の物語』
| 輝く平原の物語 ウィリアム モリス (2000/06) 晶文社 この商品の詳細を見る |
ローズ家の乙女ホスティッジが海賊に誘拐された。許婚であるレイヴァン家の若者ホールブライズが探索の旅に出る。海辺で出会った船乗りピューニーの助言に従い、ランサム島の海賊団〈ラヴィジャーズ〉の本拠地に行くものの許婚はおらず、高齢で寝たきりとなっている元首領シー・イーグルに同行して〈輝く平原〉に渡航することに。〈輝く平原〉は、〈不死の王〉の統治する、誰もが不老不死を得られる国で、人々は悩みも苦しみも一切なく、穏やかに暮らしていた。若さを取り戻したシー・イーグルは浮かれ騒ぐが、ホスティッジを見つけられなかったホールブライズは失望し、悲しみのうちに〈輝く平原〉を後にしようとするが、荒涼たる原野に阻まれ、やむなく引き返す。木を斬り出して小船を造りあげ、海路、ようやく〈輝く平原〉から脱出したホールブライズが、ふたたびランサム島へ戻ると…。
1891年、ケルムスコット・プレスで初めて印刷されたタイトルです。挿絵もない簡素な書物でしたが、1894年、ウォルター・クレインの木版画23枚を加え、モリス自作のフォント、トロイ・タイプで本文を組んで再び刷られました。

冒頭部分。〈輝く平原〉を探し求める騎馬の三人組と、ホールブライズが出会う。
さて、いつまでも若く美しくいられ、衣食住の苦労も一切なく、安逸に暮らせるという夢のユートピア〈輝く平原〉なのですが、なんとなくうす気味わるい。
主である〈不死の王〉は裏表がありそうだし、けっこう腹黒そう。
そもそも、ホスティッジをダシに(我が娘のために?)ホールブライズをおびき寄せた意図がよくわかりませんし、徹底した「来る者拒まず、去る者追わず」の精神の持ち主で、従順な者には寛容ですが、〈輝く平原〉から脱出しようとする人間にはとことん冷酷・無関心です。
住人のありさまも不気味です。
〈不死の王〉とあわせて、どことなくカルトの集団めいた雰囲気。
カップルで歌ったり踊ったり、とりとめもないお喋りをしたり、楽しそうではありますが、かなり自堕落な感じです。牙を抜かれた獣みたいに腑抜けで、覇気がありません。思考力や記憶力もいちじるしく減退しており、強い意志と激しい感情の起伏をあらわにするホールブライズにおびえて、敬遠してしまったりします。
〈輝く平原〉は、ファンタジーの世界では、いかにも旅の最終目的地にふさわしい舞台。
でも、モリスは肯定的な描き方をしていません。
ホールブライズは、いとも簡単に到達してしまいますし、其処で、愛しいホスティッジを見出すこともありませんでしたし、〈不死の王〉の恩恵を受けてのぬるま湯生活をキッパリ拒否して出奔します。
実際、不老不死なんて、そんなにいいものではないでしょうね。
人類の夢ではありましょうが、いざ、永遠に老いも衰えもせず、何の紆余曲折もない平穏な日々がえんえんと続くような生活が可能になったら、そのうち飽きたり、倦んだりで無気力になってしまうことは想像にかたくないです。きわめて強い自律心・自制心を維持できなければ、不老不死という僥倖を有意義にいかすことはできなさそう。
メモ:挿絵クレインの著作
書物と装飾―挿絵の歴史 / ウォルター・クレイン
- [2006/07/30]
- 本|ウィリアム・モリス |
- トラックバック(0) |
- この記事のURL |
- TOP ▲




