「京の年中行事十二ヶ月」の周辺(2)---ひよこ(グリーン)/RAAK

嗚呼、なんでしょう!
この、玉子の黄身のような、カンヅメの黄桃のような、溶けかけたアイスのような、クタクタ頼りない物体に、ちんまりした目鼻(否、くちばし!)。
RAAKのひよこ(グリーン)。ゆるくて可愛くて、目尻が下がってしまいますわ〜。
・・・われにかえって、前回の続きです。
「百いろ会」の「京都年中行事十二ヶ月」の下絵を描いた画家・中島荘陽の経歴や他作品について、もうちょっと知りたいと思ったのですが、ぐーぐるさんに聞いても、はかばかしい情報は得られませんでした。
似たような名前(雅号)で、中島華陽(重輔。富岡鉄斎の舅)という、幕末の京都画壇を代表する画家がいます。御所や二条城の障壁画を描いた人。
尊属か、師匠すじかとかんぐってみたり…。
ちなみに、華陽の弟子には中島華鳳(一説に華陽の子とも)とか、清水東陽なんて人がいます。
作品のほうは、唯一見つかったのが、これです。
(京折詰矢尾定さんサイト内、四条町大船鉾保存会オフィシャルコンテンツより引載)
祇園祭の山鉾のひとつで、幕末に焼失してしまい、現在は休み鉾となっている大船鉾(別名:凱旋船鉾)を描いたもの。この鉾の懸装品・御神体等121点は、平成19年、京都市指定文化財(有形民俗文化財)になっています。
さて、「都年中行事画帖」に、それぞれの行事の解説文(詞書)を寄せた江馬務(明治17(1884)-昭和54(1979))は、高名な風俗史学者です。おもな著書に、『日本歳時史』『新修有職故実』『日本妖怪変化史』などがあります。
また、手拭の「京の年中行事十二ヶ月」シリーズにも解説が付けられたようで、こちらは田中緑紅(俊次)(明治24(1891)-昭和44(1969))が執筆とのこと。田中氏も、京都を舞台に活躍した民俗郷土史研究家で、おもな著書に、『緑紅叢書』『京都の舞踊』『京の面影』などがあります。
大正〜昭和初期の「京都学」の動向については俄かに論じられませんが、想像をたくましくすると、大正・昭和両帝の即位の御大典(大正4(1915)年11月10日、昭和3(1928)年11月10日)という国家的イベントが京都御所で挙行されたことは、京都に培われた伝統文化や技術、慣習、儀礼などに改めて目を向ける気運を盛り上げたのではないでしょうか。
現・京都市美術館が、昭和天皇即位の記念事業として、昭和8年に「大礼記念美術館」として開設されたことは、ひとつの証左となります。江馬氏もその頃、有職故実・服飾考証の第一人者として、各地で展覧会の指導や講演などを行っていますし、田中氏も、学会を組織し、雑誌を発行するなど精力的に活動しています。
永楽屋の十代さんと、学者先生たちとの交流を見るに、商家の旦那衆と知識人層がけっこう近しい関係だったことがうかがえます。財界・学界が一丸となってサロンのようなものを形成し、京都文化を再発見し、発展させていこうと意気込むような図を思い浮かべたりします。
第一次世界大戦の軍事特需で好景気となり、都市文化や消費生活が豊かになってあらわれてきた「阪神間モダニズム」も、キーワードになるでしょうか(橋爪紳也 『京阪神モダン生活』、面白かったです)。
「百いろ会」の企画は、そんな時代の潮流にのったものだったといえるかも。
付記:「昭和八年の百いろ会手ぬぐい原物」(永楽屋社長のブログ「伊兵衛日記」より)
- [2008/05/11]
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