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  本の感想文、手ぬぐい紹介にからめた雑談などを

その1:発端は『謎のカスパール・ハウザー』。付『1809』 

ナポレオンってどんな生涯を送ったんだっけ?
ナポレオンの影響を受けて、フランスや周辺国はどんなふうに変貌したんだろ?

---この興味関心のもと、ただ今、芋づるを引っぱっているところです。
さあ、何本の芋が掘り出せますか…。

きっかけは、種村季弘 『謎のカスパール・ハウザー』を読んだこと。
謎のカスパール・ハウザー

19世紀最大のミステリーのひとつと言われる謎の少年カスパー・ハウザー。十数年間にわたり、地下室で孤独に育てられたというその少年は、保護されたとき、言葉も知らず、そして歩くこともできなかった。
X51.ORG 「1828年独、闇の中から現れた少年カスパー・ハウザーの謎」より。

ハウザー事件のあらましは上記ページを参照して頂くとして…。
種村さんの語りに惹き込まれて、上掲本も一気に読みましたし、事件そのものにも「奇妙なことがあるものね〜」とそそられたのですが、なぜだか、本筋よりも引っかかってしまったのが、当時、カスパールの母親ではないかと噂されたという、バーデン大公妃ステファニー・ド・ボーアルネのこと。
ステファニー・ド・ボーアルネ
Stéphanie de Beauharnais (1789-1860)

たぶん、「ボーアルネ」という名前に聞き覚えがあったから…?「ボーアルネ」といえば、ナポレオン・ボナパルトの妻ジョゼフィーヌの旧姓(最初の夫の姓)。有名な女性ですから、どこかで見聞きしていたのでしょう。

1807年、オーストリア、プロイセン、ロシアに戦勝し、ヨーロッパの覇者となった皇帝ナポレオンは、血族だけでなく、皇后ジョゼフィーヌの前の結婚がらみの姻族をも総動員して、王や王妃・公妃として周辺国に配置し、支配の強化をはかっています。
くだんのステファニーも、そんな一人。彼女はジョゼフィーヌの前夫アレクサンドル・ド・ボーアルネ子爵の兄クロードの娘です。すなわち、ジョゼフィーヌの義理の姪。1806年、ナポレオンの養女となってバーデン大公国に輿入れしたのでした。

ステファニーは、ナポレオンの肝いりで嫁いだんだ。
ナポレオンの没落後は風当たり強かっただろうな。
大公位を継ぐべき息子をふたりも夭折させてしまうし。
それにしても、ハウザー事件の頃のプロイセン・バイエルン・バーデン等の国々って、なんだか抑圧的でどんよりしている。なぜなんだろう?

と、いうわけで(?)---好奇心に脈絡なんてありはしません---、ナポレオン時代を少し味わってみたくなりました。ほとんど知りませんしね。

ナポレオン関係の本、まず手持ちのものから。佐藤亜紀 『1809 ナポレオン暗殺』。
1809―ナポレオン暗殺
フランス軍にウィーンを攻囲され、領土も賠償金も献上するはめになりそうなジリ貧状態のオーストリアで、フランス軍人とオーストリア貴族の間でひそかに企まれた陰謀の物語です。
以前、読んだ時の感想はこちら
ウストリツキ公爵のキャラを面白がってたんですね。今回は、それほど魅力的には映らず、淡々と進む作風のために少々だれてしまう部分もありました。ただ、終盤で公爵が言う「自由」の意味が、わかるようでいてわからずモヤモヤします。以前はスルーしてしまったようですな。


…今日はここまで。

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