QLOOKアクセス解析
  本の感想文、手ぬぐい紹介にからめた雑談などを

『サンダリング・フラッド』 

サンダリング・フラッド―若き戦士のロマンス サンダリング・フラッド―若き戦士のロマンス
ウィリアム モリス (1995/02)
平凡社

この商品の詳細を見る



むかし、サンダリング・フラッド(引き裂く川)という大河があり、大地を東西に分断していた。下流でこそ渡し舟が往来していたが、上流では、険しく切りたった断崖を穿つ、なんびとも渡ることのできない激流だった。
山深い峡谷の東岸にある農場の息子オズバーンは、幼いころから戦士・詩人、指導者としてのすぐれた天稟を示し、謎多き男スティールヘッドの導きを受けて育った。
13歳のとき、近辺で唯一、対岸と声をかわせる地点であるフラッドの屈折部で、西岸に住む同い年の少女エルフヒルドと出会い、川越しに話をするようになる。それから、5年にわたって交際が続いた。
あるとき、西岸が野盗の襲撃を受け、エルフヒルドの姿がみえなくなる。悲嘆にくれたオズバーンは、彼女を見つけ出すために故郷を離れることを決意。高潔な騎士ゴッドリック卿の部下となって森の山賊を追討したり、河口の大港湾都市サンダリング・フラッドの自治防衛戦で活躍したりと、通称「赤童子(レッド・ラッド)」として勇名を馳せる。
その間も、エルフヒルドの消息を求めてやまなかったオズバーンだったが、5年が過ぎても、なんの手がかりも得られない。思い余ったオズバーンは、ゴッドリック卿に暇を告げ、最後の恋人探しに出発するのだった。

1898年、モリスの死後に刊行された作品です。

オズバーン&エルフヒルドが13歳から18歳までの物語が、すごくいいです。思春期まっただなかのふたりのそれぞれの悩みや、心身の成長がリアルに、ういういしく描かれていて。
野盗にエルフヒルドが攫われ、オズバーンがゴッドリック卿の部下になるあたりまでも、まだいい。
でも、王侯貴族の専制統治を受けない、商人・職人ギルドの自治都市サンダリング・フラッドで起きた闘争の描写は、残念ながら冗長に感じて、ついつい斜め読みで済ましてしまいました。

モリスが、理想の町の苦難の克服を描くことに熱意を注いだであろうことは理解できますが---この過程は、オズバーンの成長記録でもあるのですが---、引き裂かれた恋人たちの運命を追いたい者としては、退屈な脱線に思えてしまうんですよね。
せっかく、峡谷に隔てられて、手も触れあえぬまま生き別れになったという、極上の設定があるのですし、オズバーンには、「君の名は」(古…)式に、惜しいタイミングのすれ違いがあったり、人違いだったりなどのエピソード満載で、もっとエルフヒルドの捜索に右往左往して欲しかったです。

しかも、ついについに恋人どうしが再会!という、ファンファーレが高らかに響くような、最高に盛り上がる場面が、ごくごくアッサリ済まされてしまっているのです。カタルシスが味わえなくて不満が残ってしまいました。

もっとも、本作品は、モリスが死の床で口述筆記してもらいながら何とか仕上げたという物語なので(作中のあるべき挿入詩も丸々ひとつ抜けているくらい)、涙だの抱擁だの睦言だの---っていう、恋人たちの激情を描きあげるだけの体力がなかったのかも知れません。

構成の練り上げ不足を感じるのは、エルフヒルドが、誘拐されてから5年間、どういう経験をしていたかということを、養い親である老婆がささっとひとり語りするだけというところにも感じられます。

青騎士マーク卿(エルフヒルドを保護し、かなり惚れていながら、彼女の気持ちを尊重して身を引く気の毒な好男子)がらみのエピソードは、もっと膨らませて欲しかったところ。彼の城での、気難しい母親やハンサムな部下たちとのいざこざだとか。
マーク卿は、サンダリング・フラッドを攻める貴族同盟軍に与しますから、戦場でオズバーンとたまたま出会って、恋の鞘当てになったり…なんてのがあっても良かったと思いますし。

スティールヘッドにも、最後に華々しく正体を明かして欲しかった。

モリスに、もっとじゅうぶんな時間があれば〜と、慨嘆してやまず。

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://granola.blog34.fc2.com/tb.php/66-b5595932

ブログランキング・にほんブログ村へ