続:アメリカのギルデッド・エイジ
無垢の時代 / イーディス ウォートンと、ニューヨーク黄金時代―ベルエポックのハイ・ソサエティ / 海野 弘をあわせ読んでみると、いろいろ面白い。
『ニューヨーク・・・』で紹介されている、マッケイブ・ジュニアという人の『ガス灯のニューヨーク』(1882)という本によると、ニューヨークのソサエティは4階層に分かれている。
すなわち、トップからピラミッド状に、
1)弁護士・牧師・芸術家・作家・医者・科学者など。趣味がよく豊かで、道徳的・宗教的生活の規範となっている。ごく少数。
2)建国以来の家柄を誇る、初期オランダ移民の子孫<オールド・ニッカボッカー>。ニューヨークに先祖伝来の不動産を所有する土地貴族。
3)祖父や父親の遺産<オールド・マネー>の継承者。
4)新興成金<ニュー・リッチ>。産業資本家。最も多く、ギルデッド・エイジ以降、上流社会の大多数をしめる。
というふうに積み重なっている、と。
1)はどうなんだろう。マッケイブJr氏の出自がわかりませんが、もしかして手前味噌風味なところがあるのかな…。『無垢の時代』には、いわゆる旧家の人々と芸術家とが殆ど没交渉で、住居を構える地域も厳然たる隔たりがあることが記されています。
アーチャー夫人とその一派はこういった人達(引用者注:芸術家、音楽家、物書き)に対して、ある種の怖じ気を感じていた。こういう人達は風変わりで、当てにならず、彼らの人生や考え方の背景には、未知の部分があった。…彼らの出自、外見、髪型、芝居やオペラに通じていることが、古いニューヨークの規範を彼らに当てはめることを不可能にしていた。
画家、詩人、小説家や学者、時には偉大な役者までが、公爵と同じように引っ張りだこの社交界があることを彼(引用者注:ニューランド)は知っていた。彼は、マラルメ(『未知の人への手紙』は彼の愛読書の一つだった)、サッカレー、ブラウニング、ウィリアム・モリスなどの談話が支配する客間に親しく出入りする生活はどのようなものだろうかと、しばしば心に描いて見た。しかし、そんなことはニューヨークでは考えられないことであり、考えると不安になることだった。(p79、ニューランドの述懐)
1882年にオスカー・ワイルドが渡米して講演会をしてまわるまで、アメリカではアートに対する関心はそれほど高くなかったそう。金持ちが豪奢な邸宅を美術品で飾り立て、J.P.モーガンやフリックが旧大陸の名画・名品を大規模に蒐集し、メトロポリタン美術館が設立される。上流階級と芸術家の距離が縮まり、売れっ子の画家が富豪の肖像画を描かせるような風潮は、ギルデッド・エイジの産物なのでしょうね。
2)、3)は、まさに作者ウォートンの出身階層。『無垢の時代』の登場人物の大半も、ここに属しています。
「…わが家の御祖父様や曽祖父様は、財を成すために植民地へやって来て、成功したのでそのまま止まった、立派なイギリスかオランダの商人にすぎません。あなたの曽祖父の一人は独立宣言に署名していらっしゃいますし、もう一人はワシントンの麾下の将軍で、サラトガの戦争のあとでは、バーゴイン将軍の剣を受け取っていられます。こういう事は誇るべきことですが、位や階級とは何の関係もありません。ニューヨークはずっと商業社会でした。本当の意味で貴族を祖先に持つ家族は三つ以上はありません」(p39、アーチャー夫人の言葉)
作中のヴァン・ダー・ライデン家は、その名が示すとおりオランダ系でしょうが、ソサエティの人間を選別するオピニオンリーダーとして重きをなしているのは、欧州貴族と縁戚だからという理由です。
このグループに属する人間は、父祖の遺産(オールド・マネー)の恩恵で生活しています。ニューランドも、弁護士として法律事務所に勤めてはいますが、半分、暇つぶしに行っているような感じですね。口に糊するためにあくせく働く必要がないためなのか、職業倫理がたいへんに厳しい。
アーチャーの生きるニューヨークは、個人的関係での偽善には寛容だったが、仕事上のことでは、曇りのない非の打ち所のない清廉さが求められていた。よく知られた銀行家が、不名誉な失策をしてから、かなり長い年月が経っていたが、この種の出来事が最後に起こったとき、その会社の経営者たちに加えられた社会的抹殺のことは、皆が記憶していた。
(p194)
ニューヨークは、仕事上の不法行為の糾弾において容赦はなかった。これまで、廉潔の法則を破った者は代償を支払わなくてはならないという、この暗黙の法則の適用に例外はなかった。(p201)
ビジネスにおいて、最大限の公明正大・清廉潔白が求められたわけです。エレンの悪評が決定的になったのも、崇拝者である銀行家が破産を隠して融資を募ったことが露見したためでした。
ギルデッド・エイジには、金儲けのためなら人を出し抜こうが欺こうが手段を選ばない「ロバー・バロン」(今でいうハゲタカ、みたいなもの?)が出現してくるのですよね。アーチャー夫人、卒倒しかねないです。
また、手を汚したくないという意識からか、政治に携わることをよしとしなかったようです。
上流社会の人なら誰でも、アメリカでは、「紳士は政治には関われない」ということを知っていた。…皆、ニューヨーク市や州の政治に関わり、清潔なハンカチを危険に晒した数少ない人達が辿った運命をよく知っていた。…この国はボスや移民の支配下にあり、まともな人間はスポーツや文化の中に引きこもっていた。(p95)
晩年、ニューランドも市政に関わるようになったようですけどね。これもギルデッド・エイジによる価値観の転換でしょうか。
古いオランダ移民の出自を誇るルーズベルト家(オランダ語で「バラの園」)という意味ですって)から、セオドア、フランクリンというふたりの大統領が出て、大資本家と労働者の対立を緩和する橋渡し的な政策を展開するのはもう少し先…。
そして4)。自らの手で稼ぎ出した富(ニュー・マネー)の力で、ハイ・ソサエティ入りのパスポートを手にした人々です。
ニューランド一派、特に女性陣は、4)の人々が社交界を侵食していることを嘆いていますが、抗いがたい時勢として一部、受容せざるを得ない状況にあります。表面上はなごやかに交流しつつ、ひそかに見下しています。
しかしながら、一歩引いてみると、ニューランドのグループこそが、絶滅寸前で気息奄々の態であり、社交界の本当の花形である新興成金たちから、微妙に無視されているのでは?と思われないでもない…。
かように、『無垢の時代』は、「ギルデッド・エイジ」の前夜、アメリカンドリームで一攫千金、身ひとつで移民してきて億万長者---的な、アメリカのいわゆる実力主義、商業主義、金権主義的イメージが蔓延する以前の、「無垢(イノセンス)」だった頃の“古きよき"ニューヨークの一様相を描いています。
なお。
本書における「無垢(イノセンス)」は、メイに体現されている価値観を示してもします。瑕疵のない名誉と体裁を保ち、わずらわしい「不快なこと」「不都合なこと」を徹底的に無視する。これを不文律として生きる人々によって、離婚問題というスキャンダルを抱えた、新しがりで自立心旺盛なエレンは、「無垢」を汚す存在として放逐されることになったのでした。
これが、「血を流さずに」命を奪う、古いニューヨークのやり方なのだ。醜聞を疫病よりも恐れ、勇気よりも上品さを高く評価し、騒ぎの原因になった人達の行為を別にすれば、「騒ぎを起こす」ことほど育ちの悪いことはないと考えている人達のやり方なのだ。(p251)
- [2006/11/08]
- 本|ベルエポック |
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