『三つの魔法』
ソレティアの海岸に住む娘シアンナは、歌の上手な娘。ある日、高波にさらわれて海底に沈むが、孤独な海の魔女ドレッド・メアリーに助けられる。メアリーは、シアンナから歌を教わる代わりに、魔法を授けた。その最大のものは、どんな願い事でも叶えてくれる三つのボタン。---かつてメアリーが美しい人魚メリンナだった時、恋した王子に捧げたものだった。シアンナは、メアリーがひとつめのボタンを使ったことで、故郷に帰る。そして、ふたつめのボタンを使い、邪悪な魔法を操る国王ブラガードの罠を逃れて黒い騎士と結婚、息子ランをもうける。三つめのボタンを持ったランは、成人の誓いに従って旅に出、魔法によって歪められた人々に出会う。
この作品のキモはこれ。
魔法には結果がつきものである
ドレッド・メアリーの言葉によれば、
「…すべての自然は微妙なバランスを保っている。善には悪、柔らかいものには硬いもの、弱いものには強いもの。もしも魔法によっておまえがもののバランスをくずしても、自然そのものが均衡を正すだろう。だからどんなことをしようと---善のためでも、悪のためでも---バランスがとれるのさ。…」(p47)
ということ。
何かを変えたら、何らかの結果を享受しなければならない。
もちろん、ゲームみたいに、呪文を唱えたらマジックポイントが減るとか、そういうことではなくて。
身近にある人・物、環境…何になるかは分からないけれど、魔法を使うと、願い事の規模に釣り合うだけの何かが、自然の力によって変化するということです。
その願いを叶えたら、大事なものが犠牲になるかもしれない。耐え難い重荷を背負うことになるかもしれない。
魔法には結果があることを知っているので、シアンナもランも、安易にボタンを使いません。小さな困難であれば、自分の頭を使ってあらゆる方策を試します。
万策尽きて、どうしようもなくなった時に、その結果を全て受け入れる覚悟をして、ボタンを使います。そして、悲しみを味わいます。シビアなものです。
魔法も呪文も使い放題という設定のファンタジーも多い昨今ですが。
魔法どうこうでなくても、日々の生活のなかでもありがちですからね。何かを得たら、何かを失う。何かをしたかったら、何かを諦めなければいけない…ってことは。
「あれもこれもなんてダメですよ」という教訓が、ファンタジーを通して語られているわけですね。あるいは、「自分の行動には責任を持て」とか。因果応報。禍福はあざなえる縄の如し…。
そういえば、本作のメリンナ=ドレッド・メアリーは、ちょっと『指輪物語』のスメアゴル=ゴクリ(ゴラム)を連想させますね。過去の記憶が、時とともに、ひとつの対象物への異常な執着に集約化されて、外見や性格まで変貌してしまったところとか。
ヨーレンの作品は、浮ついたところがないのが魅力ですね。
- [2007/04/15]
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