『吉屋信子集 生霊 文豪怪談傑作選』
![]() | 吉屋信子集 生霊―文豪怪談傑作選 (ちくま文庫) (2006/09) 吉屋 信子 商品詳細を見る |
怪談好きです。短編だし手ごろでよろしい。
幽霊話だけではなくて、運命のいたずらとか、人の心の不可解さの話もあり。
追いつめられて頭に血がのぼった人間が、アサッテの方向にぶっとんじゃう恐ろしさを描く話は秀逸です。
戦後すぐの東京の、不確かでふらふらした世相が伺えるのも面白い。
<小説>
「生霊」 とある別荘に入り込んだ復員兵が、老管理人に坊ちゃんと間違えられる。
ほのぼの系です。
「生死」 霊魂不滅を信じる男が、出征した南洋の島で手榴弾で自決してみると?
「誰かが私に似ている」 自分によく似たお嬢様がいるらしい。間違えられていい気になっていたが・・・。
けっこうゾッとしました。
「茶盌」 お客様からの預かり金を競輪ですってしまった男。思い余って取った行動は。
戦後の古物業界が興味深い・・・。
「宴会」 とある料亭のお座敷にあらわれた怪。
「井戸の底」 ひとりでハイキングに行って穴に落ちた娘。穴の中には好青年が。
「黄梅院様」 買おうとした屋敷には、老婆の霊が出るという噂。
・・・空襲で焼け出された、作者自身らしき主人公が、東京で新たに家を買おうとする、その経緯や、人脈のつながりようが面白い。
「憑かれる」 ついつい、悪事を働いてしまう男。憑かれたせい?
「かくれんぼ」 温泉宿で出会った魅力的な女客。次の日、盗難事件が・・・。
たぶん、作者の実話。わけありげな年増の美女に興味津々な作家魂に感心。
「鶴」 鶴に恩返しされた父親を持つ女按摩のひとり語り。
これは何ともいえず切ないというか不気味というか、女の情念にヒヤリとしました。般若がいそう。
「夏鶯」 空襲警報から逃げて飛び込んだ防空壕には、上品な老婦人が棲んでいた。
貪欲な高利貸に見初められた薄命な貴婦人。飼い鶯の名は「玉くしげ」。こういう雰囲気、好きです。典雅。
「冬雁」 いつも男に悪霊のごとくまとわりつかれてきた女が、憧れの巡礼に旅立つ。
「海潮音」 これはと見込んだ品物を盗みとらずにはいられない美青年の、最後のターゲットは。
<エッセイ>
「私の泉鏡花」 『鏡花全集』の思い出
「梅雨」 小泉八雲によせて
「霊魂」 キリスト教的観念と霊魂
「鍾乳洞のなか」 林芙美子のまぼろし?
- [2008/02/08]
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『聞書抄』
![]() | 聞書抄 (中公文庫) 谷崎 潤一郎 (2005/09) 中央公論新社 この商品の詳細を見る |
世の中は 不昧因果の小車や よしあし共に めぐり果てぬる
谷崎の戦国もの読書は、いちおうこれで最後になります。
主要テーマは、世に畜生関白と喧伝された豊臣秀次の物語です。
読売新聞夕刊掲載の、諸田玲子氏による連載小説『美女いくさ』でも、いい感じに秀次が追い詰められてきてますねー。あちらを読んで興味を持ったら、こっちも読んでみると面白いと思います。
とはいえ、個人的には、秀次の話そのものよりも、導入部分となっている、関が原の戦いに敗れた後の石田三成の子息たちの悲運(伝承を含む)やら、三成自身の捕縛〜連行〜斬首にいたるまでの経緯の描写のほうが、心に残ってしまったのですがね…。
後半で、「三成なんて、太閤秀吉に秀次を讒訴して失脚させたうえ、破滅させた悪人なんだから、因果応報じゃないの」という流れになるのですが(冒頭にあげた狂歌)、そんな評価なぞどうでもよくなるくらい、最期のときまで倣岸で誇り高く、高潔で人もなげな三成の像は印象的ですね。いや〜、家康が憎たらしい(笑)
このくだりは、三成が側妾に産ませたらしい息女の視点から描かれていて、父親からついぞ構い付けられなかった少女のやるせない思慕の情もあいまって、惻々として悲痛の極みなんですよ。
それはさておき。
本作は、伝聞の伝聞の伝聞の…という多重構造で綴られています。
語り手を、時代の古いところから整理してみますと、次のようになります。
1、盲法師
本作の副題である「第二盲目物語」の所以。
石田三成の家来で、関白豊臣秀次の家中にスパイとして送り込まれるにあたり、盲目の座頭を装った。秀次の正室格にある一の台の局に心惹かれる。秀次の妻妾たちが悉く処刑されたあと、御役御免となって三成から暇を出される。のち出家して、秀次の妻妾が埋葬された悪逆塚を供養する。
2、嵯峨の尼君
石田三成の庶出の息女。関が原合戦後、乳母とともに身を潜める。三条大橋に曝された亡父の首級をこっそり見に行ったおりに盲法師と出会い、その身の上話を聞く。長じて、遊君として身を立てたらしい。老いて出家し、嵯峨の釈迦堂付近で草庵を結ぶ。
3、安積源太夫
京都滞在のおり、嵯峨の尼君と出会い、かつて盲法師が語った話と、若干の尼君自身の身の上話を聞き取る。後年、いきさつを「聞書」という手記にまとめる。
(はるか後代…)
4、作者
『盲目物語』の読者から、「聞書」の提供を受ける。作者なりに考察を加え、他の文献書物を参照しつつ「聞書抄」として本書をまとめた(という体裁)。
こういう複雑な形式をとっているためにか、谷崎の妄想がいまいち自由に羽ばたいておらず、偽盲人をして真の盲人になりたいと決意させたほどの一の台の局に対する愛執など、いまいち語られ不足なところが残念です。尻切れとんぼですし…。皆まで言わず余韻を残し、読者の想像にお任せということでしょうが、どうにも飢餓感が…。作中で、「聞書後抄」とか言及してあるのがまた、気を持たせるんですよねー。
- [2007/11/14]
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『盲目物語』
![]() | 吉野葛・盲目物語 (新潮文庫) 谷崎 潤一郎 (1951/08) 新潮社 この商品の詳細を見る |
按摩にして、三味線を弾き隆達節も呻る座頭の弥市が、側ちかく仕えた織田信長の妹・お市の方の境涯を、後年、お客に対してモノローグしたという作品です。
お市の方については、ドラマや小説でもよく取り上げられる女性なので今更贅言を要しないでしょうが、はじめ嫁いだ小谷城主・浅井長政が兄の信長に討滅され、三人の娘とともに里に出戻る。信長死後の跡目争いにおける諸将の思惑から、柴田勝家と再婚して北庄城に移るが、ライバルの羽柴秀吉に攻められ、娘らを城外に逃がし、みずからは勝家とともに自害した。茶々(淀殿)の母---ざっと、こんな感じですか。
本作品は、このお市の方のよく知られた生涯を、弥市の視点からオーソドックスに追ったものです。
内容より、すごいのは文体なんですよね。
こんにち、こういう文章を構築できる人はそうそういないでしょう。
というより、「イロモノ」あつかいされてしまいそう。
ともあれ、この口語体は谷崎研究の重要テーマのひとつになっているようですので、オコがましくも適当に印象をば。
弥市による語り口をそのまま引き写した、という体裁になっています。
さあそのかちいくさのひょうばんが又たいへんでござりまして、このかっせんには三七どの、五郎ざえもんどの、いけ田きいのかみどののめんめんひでよし公とちからをあわせておはたらきでござりましたけれども、なかんずく秀吉公は毛利ぜいとのあつかいをさっそくに埒あけ、十一日の朝にはあまがさきへとうちゃくあそばされまして、そのかけひきのすみやかなることはまことに鬼神をあざむくばかり。(p158)
---たとえば、こんなふうです。秀吉が中国大返しの末、天王山で光秀を討ったというくだり。
この一文もけっこう長いですが、直接話法で人々の会話を再現している箇所などは、もっともっと、牛の涎のごとくだらだらと続くところもあります。
とはいえ、じゅうぶんに整理・計算された文章にはなっています。講演テープの書き起こし等をしてみると分かりますが、人の喋りというのは非常にとりとめがなくて、主語も述語もとっちらかっていて、文章としては破綻していることが多いですもんね。
見方によっては、弥市にとってこの物語は、落語とか、琵琶法師の弾き語る「平曲」のごとく、藝として完成されたひとつの台本を喋っている感覚かもしれません。
また、ひらがなが非常に多いです。目が滑る。通常なら漢字を使用することばでもひらがなに開いてあったりするし、ひとつの文のなかで同じことばが漢字だったり、ひらがなだったりというところがあるのがユニークです。
「かちいくさ」「ひょうばん」など、ひらがなを、文脈から意味を取り、頭のなかでいったん漢字・熟語に直して読まなくちゃならないですね。「おはたらき」「あつかい」「埒あけ」など、戦国ならではの意味を持つ語彙もあったりして。
また、信長や秀吉まわりの出来事や人物を予備知識として持っていないと、「三七」「五郎ざえもん」「いけ田きいのかみ」って誰?「毛利ぜいとのあつかいを…埒あけ」って何のこと?と、いちいち引っかかってしまいます。あまり戦国時代に興味がない人にとっては、付属の膨大な注解を見い見い、あるいは辞書・事典を引き引きしないと、文体を味わうどころではありません。
ハードル高い…。
これって、既に「古文」の域に達しているといえるかも。
さいごに。
按摩としてお市の方の体を長年揉み続け、その繊細な美に感嘆して殉死したいとまで思いを寄せていた弥市。
なのに、炎上する北庄城から茶々をおんぶして逃れる時、その肉体のなまめかしい若々しさをまざまざと背中に感じ、「さすがに奥方様も老けていたんだな〜」などと妄想、コロリと掌を返して茶々に仕えることを切望するにいたった弥市!
さすがというか何というか…。助平なやつだ。
- [2007/07/31]
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『武州公秘話』
![]() | 武州公秘話 谷崎 潤一郎 (2005/05/25) 中央公論新社 この商品の詳細を見る |
せっかくの機会だから、谷崎の時代ものを読んでいきます。
これは、武州公の変態性慾の話。
武州公すなわち桐生武蔵守輝勝は、まだ法師丸といった幼年時に、牡鹿城に質子として滞留していた。十三歳のとき、城が敵に攻囲され、深更の屋根裏で、老若の女性たちが、その日に城方が獲得した首級を次々と洗い清め、調えていく光景を見る。特に、鼻を削がれた「女首」を、うら若い美女が凄艶な笑みを浮かべて扱う姿に魅せられた。
法師丸は、その美女の前に置かれてある首の境涯が羨ましかった。彼は首に嫉妬を感じた。…殺されて、首になって、醜い、苦しげな表情を浮かべて、そうして彼女の手に扱われたいのだった。…生きて彼女の傍にいると云う想像は一向楽しくなかったが、もしも自分があのような首になって、あの女の魅力の前に引き据えられたら、どんなに幸福だか知れない。(50p)
…ということなんですが、のちの展開をみるに、別に武州公は自分が痛い目にあいたいわけじゃないようですな。あくまでも美女&顔を損壊された男、という組み合わせをはたから眺めて、「あれが我が身だったら…」とか妄想するのがいいらしい。
首化粧のシーンは、女たちの生首扱いがベルトコンベアー式で機械的なものなので、あまりグロテスクな感じはしません。むしろ、法師丸を案内する老女のもったいぶった態度と、籠城中の曲輪の闇夜、燈明に照らされた物凄まじい異相のイメージのほうが印象的でした。
法師丸は元服し、ひきつづき牡鹿城で宮仕えします。そして主君の愛妻・桔梗の方に近づきます。父の仇である夫の鼻を削ぐという宿願をひそかに抱く美貌の妻、というシチュエーションにぞくぞくしてしまったのですね。
桔梗の方と初対面のときのやりとりは、嫋々として趣き深い。舞台が厠---とはいえ、広くて清潔な座敷ですが---というところに作者の拘りを感じつつ、個人的に、作中でいちばん気に入っているシーンです。桔梗の方の哀切さ、武州公の必死さ。まあ、武州公には、「桔梗の方を、鼻欠け夫と並べて眺めたい」という下心があるので、計算高い必死さなんですけれども。
その後、家督を継いで居城に戻った武州公の魔の手は、自らの妻に向かいます。幇間との戯れにかこつけ、酒の力も利用して、若く無邪気な妻を巧妙に誘導し、意味も無く幇間の顔を刃物で切らせ、嗜虐性を芽生えさせようとする。このあたり、ゾッとするものがあります。が、健全な妻は夫の暗いたくらみを察知して不気味に思い、拒絶します。当然じゃ!
武州公の後半生について、作者は、
などと記し、その行為がエスカレートしていったことを仄めかしていますが、慎ましく筆をおいています。公のごとき性癖のさらなる追求と深化は他作品で、ということでありましょう(『痴人の愛』など)。公の「遊戯」に関係した男女で無事に生命を完(まっと)うしたものは稀である(16p)
そうしてその後、公が四十三年の生涯を終えるまで、次々に新しい異性を求めては奇異な刺戟と醜悪な悪戯とを貪って行った物語(219p)
- [2007/06/20]
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『乱菊物語』
いきなり谷崎でございます。たまーに翻訳文から離れて、谷崎とか鏡花、荷風あたりの文章を読みたくなるんですよね。
室町時代の末ごろを舞台にした伝奇小説です。
未完に終わっています。
もったいない…。結末まで読みたかったです。とっちらかった人物や小道具を大団円に持ち込む巨匠のワザを見せて欲しかった!
物語の流れはふた筋。
ひとつは、播磨国は室の津の遊女かげろう御前の話。
天女のように気高く美しく、客にも滅多に姿を見せぬかげろうが、「二寸二分四方の函におさまる十六畳の羅綾の蚊帳」を持参してきた者に身を任せると公言する。唐の商人張某が、宝を手に入れ、意気揚々と室の津に向かうが、船も人も宝も、忽然と消えてしまう。どうやら瀬戸内の海に蟠踞する海賊のしわざだったが、海賊は宝を見失う。ほどなく「海龍王」なる者の名で、室の津に高札が立った。賀茂明神の小五月祭の日に、宝を持参してかげろうにまみえるというのだ。
もうひとつは、播磨太守赤松上総介と、代官浦上家の跡取り息子掃部助の話。
若くして家督を継いだ上総介は養子婿。家付き姫との夫婦仲は冷えきり、老臣達にも頭が上がらない。下克上の時節柄、浦上家の増長甚だしく、年の近い掃部助が何かとライバル視してくる。家来を都に遣わして、零落した公家の姫君の美しいのを探しに行かせると、掃部助も負けじと家来を派遣した。
このふた筋は、小五月祭のおり、上総介と掃部助がかげろう御前をめぐって鞘当てを演じるという点で、いったん交差するのですが、その後まじわる気配のないまま、いいところで中断。
気になる…。
かげろう御前の再登場はあるのか。
若武者の姿をしていた「海龍王」の正体は。
美女くらべで敗れて面目を失った浦上家の老臣沼田庄右衛門のリベンジはあるのか。
播州の御家騒動に、かげろうや海賊が絡んでくるのか、来ないのか。
などなど、妄想は尽きないところ。
構想メモみたいなものだけでも残っていればよかったのにな〜。
- [2007/06/06]
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